1.商店街のあけぼの 〜明治・大正・昭和初期〜

 佐世保が今のような町になった理由は、明治19年に軍港が出来てからのこと。たくさんの人が佐世保にやってきて、どこにでもある村だった佐世保に、急に活気が出てきました。
 その後、明治35年に市政がしかれて、あっという間に佐世保市が誕生します。日露戦争での勝利もあって、佐世保は一躍日本の軍都に発展しました。当時の代表的な商店街は浜田、相生から松浦、港町付近。この頃町名制定があって島瀬、本島、上京、下京町の町名が誕生します。でも、まだ賑わいは少なくて「田ん中町(たんなかちょう)」と呼ばれていたそうです。

 第一次世界大戦が始まった頃の繁華街は、松浦町から島瀬、本島の本通りでした。田ん中町と呼ばれていた四ヶ町一帯も、駅裏に商港が開設されてから、急速に発展していきます。昭和になると、四ヶ町一帯の商店街は押しも押されぬ地位を獲得。昭和2年には市バスが営業を開始、長崎、壱岐・対馬、釜山航路の佐世保寄港などで、すごい活気だったそうです。しかし、昭和6年に軍縮が始まると、不況の波がやって来ます。逆に日本は戦争の道へ進んでいき、輸入も途絶え、資金不足でお店を閉めるところも出てきて大変な時代になります。







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